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最高裁判所第二小法廷 昭和35年(オ)135号 判決 1963年1月25日

判   決

上告人

大木合資会社

右代表者無限責任社員

大木和平

右訴訟代理人弁護士

牧野寿太郎

被上告人

八木米作

右訴訟代理人弁護士

岡田実五郎

佐々木熈

右当事者間の占有回収請求事件について、東京高等裁判所が昭和四一年一一月九日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人牧野寿太郎の上告理由について。

原判決が確定した事実によると、所論権利金および統制額超過の賃料は、被上告人が上告会社から賃借中の本件室明渡の不法な強制執行にあつて、自己およびその家族の住居を失い、これを他に獲得するために真にやむをえずして支出した金員であつて、この支出が地代家賃統制令の禁止に違反するものであることはこれを否みえないとしても、当時の社会情勢においては、特別の事情のない限り、右程度の権利金と家賃とを支払うのでなければ、一家の住居とすべき家屋を入手できないこともまた事実であるというのである。かかる事実関係のもとにおいては、被上告人の支払つた権利金および統制額超過の賃料も、上告会社の債務不履行により被上告人が支出せざるをえなかつたものとして、その支出による損害と上告会社の債務不履行との間に相当因果関係ありとし、上告会社にその損害賠償の義務あるものとした原審の判断は正当である。所論引用の判例は本件に適切でない。論旨は採用するを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官 池 田   克

裁判官 河 村 大 助

裁判官 奥 野 健 一

裁判官 山 田 作之助

裁判官 草 鹿 浅之介

上告代理人牧野寿太郎の上告理由

第一点原判決は損害賠償の範囲に関する法律の解釈を誤つた違法である。即ち

一、原審に於て原告が訴外三芳宗十郎に支払つた権利金並に賃料を被告の違法執行に因つて蒙つた損害としてその賠償を被告に請求するに対し被告(上告人)は右金額の内権利金並に統制額を超過せる賃料については被告において賠償義務なき旨主張したるに原判決は被告の右主張を排斥しその理由を左の如く述べている。

「右の権利金及び賃料は、原告が被告会社からの不法な強制執行に会つて自己及びその家族の住居を失い、これを他に獲得するために真に已むを得ずして支出した金員であつて、この支払が法の禁止に違反する違法なものであることはこれを否み得ないにしても、当時の現実の社会情勢においては特別の事情のない限り右程度の権利金と家賃とを支払うのでなければ一家の住居とすべき家屋を入手できないこともまた事実である。そしてこの否定し得ない現実の事実を前提として考える限り、右のように原告の支払つた権利金及び統制超過の賃料も、被告会社の債務不履行により原告が支出せざるを得なかつたものとして、その支払による損害と被告会社の債務不履行との間には相当因果の関係があるものと認めるのが相当であつて、被告会社にその賠償責任があるものと認むべきである」と。

二、然し乍ら地代、家賃等について統制のある場合その統制額を超えた賃料を授受することは法の禁止するところであるから仮令原告において法の禁止する権利金並に統制額を超過せる支払いを余儀なくされたとしてもこれをもつて原告の蒙つた損害としてその賠償を請求することは法の保護に値しないものとして許されないところである。

三、公定価格のある商品についてはその価格を超えて売買譲渡することは法の禁止するところであるから当事者の一方が高価の闇値で入手を余儀なくされたと言う前提の不に右公定価格を超過する部分についても現実に受けた損害として賠償を請求することは法の保護に価しないところとして許さるべきものでないことは東京高等裁判所の判例の示すところである。

(東京高等裁判所第五民事部昭和三十二年三月八日)(昭和三一年(ネ)第一九九五号同年(ネ)第二〇〇七号東京高裁判決時報八巻三号二九頁)

又不当利得の返還請求権を制限している民法第七〇八条の規定が単に不当利得の返還請求権についてのみ適用さるべきものでなく、不法原因給付をした者がその給付に因つて受けた損害につき相手方の不法行為を原因としてその賠償を請求する場合にも適用さるべきことは古く大審院の判例の示すところである。

(明治三十六年(れ)第一三一四号同年十二月二十二日判決)

四、原判決は前記の如く「当時の現実の社会情勢において右程度の権利金と家賃とを支払うのでなければ」居住の獲得はできなかつたと言つているが若し原判決の述べている通りの社会情勢であつたとすればそれによつて法の禁止した権利金の授受、又は所謂闇賃料の授受は違法性が阻却されたと見るか、或は違法阻却はしないが原告の違法性は被告のそれに比較して軽いから請求できるとするのか稍その意明確を欠くが「住居獲得のため真に已むなくこの違法をせざるを得なかつた原告と、原告をこの窮地に追込み敢て違法をせざるを得ざるに至らしめた被告会社との関係においては固より非は被告会社にあり」と判示しているところから見れば違法阻却とは見ていないようである。

単に違法性の程度比較論で賠償責任の有無を決するならば何故に被告の執行の前における原告の態度までも問題にされないのか。原判決のように「当時の社会情勢」を論ずるならば何故それが原告側についてのみ斟酌され被告側については全然考慮の外に置かれなければならないか。

五、授受を禁止した権利金の支払い、又一ケ月五三七円の公定賃料に対し一ケ月三千円を支払つた原告の行為が社会情勢上真に已むを得なかつたものならば被告がなしたる三六〇円の賃料を七〇〇円に増額請求することも社会情勢上是認されるところでなければならない。

(一方は約六倍、被告側は二倍以下)

原判決は被告のした賃料値上請求は公定超過の理由に因り不当、従つてその執行も違法と断じ乍ら原告と訴外三芳との間に授受された権利金並に超過額五倍に及ぶ闇賃料については一応は違法と認め乍らも結局その基くところは被告にあるが為め被告の賠償責任を認めたのは決して原判決の言う如く法の精神に合致するものでなく却つて全く片手落ちの措置と断ぜざるを得ない。

六、原判決は「法の精神」と云う。法の精神は如何なる場合に於てもその中心は「正義」であり「公平」でなければならない。人若し何が正義なりやと問われ「我れ人の妻を取るは即ち正義なり、人若し我が妻を取るはこれ即ち邪なり」と答えたならば果して如何。その答の正否如何を言わずしは明かである。原判決は正しくこの不合理をそのまま表現しているものに外ならず。即ち「原告の公定違反は即ち正義なり、被告若し公定違反すればこれ即ち邪なり」と。

原判決の言うように当時の社会情勢を基礎として原告の公定超過賃料の支払いも止むを得ずとするならば被告の賃料請求も(増額)亦止むを得ずとして違法性を阻却するか、或は又被告の公定賃料超過の請求をもつて社会状勢如何に不拘違法なりとするならば原告が訴外三芳に支払つた公定超過額及権利金の支払も亦違法なりとしてその賠償請求権を否定しなければ首尾一貫しない。

要之原判決は認むべからざる原告の損害賠償請求権を容認したる違法あるに帰し破棄を免れざるものである。 以上

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